ダー・ハヌー地方・ダルチク村の小学校*<インド・ラダック地方>
ダー・ハヌーの小さな村々
インド北部ダー・ハヌー地方に、ドクパというアーリア系の少数民族が暮らしています。頭に色とりどりの花やほおずきを飾ることで知られています。人口は3000人ほど。
ドクパの方々が暮らしているのはインダス川沿いのアーリアンバレーという場所。ここにダーDah、ビャマBeema、ガルクンGarkone、ダルチクDarchicksなど小さな村々が点在しています。
そのうちレー(ラダック地方の中心)からいちばん遠いのがダルチク村です。私はガルクンのゲストハウスに滞在し、日帰りでダルチク村を訪れました。
ダルチク村の小学校
村の入り口にある小学校がありました。ちょうど校庭に男性の先生がいらして、「見学してもいいですか?」とたずねると、「もちろんですよ」。喜んでお邪魔しました。
この学校は小学校と中学校が一緒になった公立校。こういう学校を「ミドルスクール」を呼ぶようです。生徒数が少ないため、小・中学校を一緒にしているのでしょう。
インドの学校制度は、小学校が1年から5年、中学校が6年から8年。公立校は授業料やテキストなどは全て無料です。
生徒たちは全部で53人。先生は8人とのこと。先生方はこの村と、チャリチャンChulichang、シルモSilmoなど近隣のムスリムの村々から来ているそうです。
この辺はパキスタン国境に近く、ムスリムの村がたくさんあります。これらの村はシーア派だそうです。
学校で教えているのは英語、ウルドー語、地元の言語、算数、科学などです。地元の言語は、ドクケ(ドクスカット語)という文字のない言葉です。ヒンディ語やラダックの言葉などは勉強しないそうです。
小学校のお昼ごはんタイム
先生と話しているうちに、お昼の時間になりました。お昼は午後1時から。メニューはごはんとダル(豆のスープ)です。
子供たちは、学校内のキッチンでお皿に食事をよそってもらい、めいめい好きな場所に座って食べます。たいていは仲良しさんと一緒に食べているようです。
食べ終わったら、自分でお皿を洗うのです。えらい1
先生は1つの教室に集まって。持参のお弁当を食べます。
こちらはある先生のお弁当。チャパティ、ヨーグルト、卵と野菜炒めなどです。
先生の家にお呼ばれ
この村に住む女性の先生が、ご自宅でのランチに誘ってくださいました。
先生の家は学校から歩いて10分ほど。食事は妹さんが用意したもので、青菜の炒めものでした。味付けはほとんど塩だけというシンプルさ。それを圧力鍋でたいたご飯にかけて食べます。
「わたしたちの宗教では、月に3日、タマネギとチキンやマトンを食べてはいけない日があるの。たまたま今日はその日なんです」と先生。
普段はチキンやマトンも食べることはあるそうです。
村の売店で働いているお母さんとその友人もやってきて、ランチに加わりました。
ダルチク村の散歩
ランチが終わると、先生はすぐに学校にもどるというので、私は村の散歩にでかけました。
右下に見えるのは、チベット仏教のチョルテンです。訪れたのは7月でした、日陰に入ると涼しいものの、日が照るとかなり暑いです。
村の奥の少し高台になった場所は、村の中でも古い家々が立ち並ぶエリアです。「アーリアンビレッジ」と呼ばれているようです。
歩いていると家の外にいた男性が家に招いてくださいました。英語が少しだけ話せます。
1階に冬用のキッチン、2階に夏用のキッチンがありました。上の写真は夏用のキッチン。素晴らしく広い!
男性と奥さん、近所に暮らす女性の3人でお茶をいただきました。
この方が奥さんです。この地方の少し年配の女性たちは、皆このように髪を三つ編みにしています。これは美しさのため(夫への)。髪の毛は切ることはないそうです。
このキッチンもラダックの他の地方と同様、食器や鍋をきれいに陳列していました。いつも思いますが、こういう習慣は一体どこから始まったのでしょう?
廊下を挟んで向かいは仏間になっていました。
ダライラマの写真が飾られていました。
豊かさとは?
瞑想をする老女。頭にはホオズキの飾りが。
村を歩きながら「豊かさってなんだろう」と考えていました。ラダックの他の村と同様、この村にも小麦の畑が広がり、家々の庭には野菜が植えられていました。
村の中には本当に小さな商店が1つあるだけです。村の入口に、それより少し大きな商店が1つあります。しかしアーリアンビレッジに住む人が、入り口の商店に行くのは、ちょっと大変そう。
村の中の商店はキャンディー、缶のチーズ、ジュース、タバコ、マサラ(香辛料)、卵くらいしかありません。
それだけで事足りるのでしょう。食べるものはほとんどが自分の家の周辺でとれるからです。
畑からは大麦、雑穀(ミレット)などの主食が。庭にはあんずの木、桑の実、りんごなどもあります。水は泉や山から引いています。
だからほとんどお金を使わなくていい。小さな商店1つだけでも、やっていける。人々の自給力があるのです。
大きなスーパーがあるのは、「消費させられている」ということでもあります。大きいスーパーがあるからうれしい、と私などは単純に思いますが、「自分で作れないから買うしかない」ということでもあるのです。
ここの人は、ほとんどテレビを見ないそうです。ガルコン村のゲストハウスのオーナー宅にはテレビがありましたが、「見るのはニュースだけ」と言っていました。
村の入口にたどりつくと、ちょうどそのゲストハウスのオーナーが車で通りかかり、乗せてもらって宿に戻りました。