ザンスカール地方ストンデ村のくらし*<インド・ラダック地方>
インド北部ラダック・ザンスカール地方のストンデ村でホームステイをしました。この村で行われるグストルというお祭りが見たかったのです。
でも私には、お祭りよりステイ先での日々の方が思い出に残りました。訪れたのは2023年7月です。
滞在したのは女子大生Kさんの家。彼女とお姉さん、お母さん、お父さんの4人暮らしです。私が滞在したときは、お父さんはカルギルに仕事で出かけていて、女たちだけの気楽な暮らしでした。
Kさんはふだんジャンムーの大学で学んでいて、ちょうど1ヶ月間の夏休み期間中。英語が話せる彼女がいることで、助かりました。もしいなかったらラダック語が話せない私は、どうやって家族とコミュニケーションをとっていたか、、、。
元Kさんの個室。ここに寝泊まりさせていただきました。到着した時、他にも2つ部屋を見せられ、「どこでも好きな部屋に寝ていいわよ」と言われましたが、この部屋が落ち着くなと、ここに決めました。(他の部屋の1つが、上の写真です)。
ストンデ村にはどのくらいの人が住んでいるの?とお姉さんにたずねると、「100家族ほどかしら。なかなか大きい村よ」と微笑ましいお返事が返ってきました。
村では電気が来る時間が決まっていて、朝8時から9時、夜8時から12時だけです。
毎日、朝8時過ぎに電気が来たら、Kさんが「電気が来たから、チャージしたいものがあればチャージできるわよ」と教えてくれます。
早朝は電気がありませんが、5時くらいには外が明るくなってくるので不都合はそれほどありません。角部屋なので2方向に窓があり、カーテンを開ければ光が差し込んできます。
電気がある時間が限られていても、実際くらしてみると、意外に不便は感じないものですね。電気がある時間だけ電気を使えばいいだけのこと。よけいなことに電気を使わずにすみ、エコで経済的。冷蔵庫などは使えませんけれど。
太陽光発電装置があり、このお湯でシャワーを浴びさせてもらいました。家の中にバスルームはないので、外の小屋で。バケツにお湯を入れてもらい、それを小屋まで運びます。
どっしりかまえたお母さん
家族と暮らしてとても印象的だったのは、姉妹2人がそれはそれはこまめにお母さんの世話をやくこと。
お母さんはいつも所定の場所にどーんとお座りになっていて、そこへ娘たちが、ナムキンチャイ(塩入のお茶)を運んだり、食事を運んだりと、かいがいしく世話をします。
お母さんは77歳。Kさんは27歳だから、50歳くらいで産んだのでしょうか。
お母さんはいつも数珠を手に、ぶつぶつ念仏のようなものを唱えていて、時々思い出したように、小さなマニ車を時々手でくるりと一回りさせます。いつもどこか遠くを見つめるような目をしていて、とても贅沢な時間を過ごされているのだなあと感じられました。(ラダック地方の人はチベット仏教を信仰しています)
朝はじゃがいも炒め
毎朝お姉さんは5時半に起きて、電気がない台所の中で、ミルクティーとナムキンチャイを入れます。そして大きなポットにナムキンチャイ、小さなポットに甘いチャイを入れ、居間の所定の場所に持って行きます。
そして7時くらいに、Kさんと私、お母さんの4人でお茶をいただきます。
私のお気に入りは、ナムチャイと甘いチャイのそれぞれに、テーブルの上に常備されているツンパ(大麦こがし)を入れて混ぜて飲むこと。味がとてもまろやかになるのです。
朝ごはんには、よくジャガイモ炒めをいただきました。朝からしっかり食べるのだなーと感心。ジャガイモはパドムのマーケットで買ってきたものだそう。
作り方は、まずタマネギを油でいため、ターメリックと塩で味付けします。そして家で取れた青菜とジャガイモを入れて炒める。
私が食事の中でいちばん美味しいと思ったのは、「ババ」(上の写真)です。これは大麦とナムキンチャイを混ぜたもの。それをこねて、丸い大きなお団子状にします。
材料の大麦は自分たちの畑で取れたもので、それを乾燥させ、鉄板で焼きます。その後専門の場所に持って行って細かくしてもらうそうです。
栽培には農薬は使いません。お姉さんはババについて「これはとてもヘルシーなのよ」。
でも家族が好きなのは、ババよりもチャーパーティのようでした。チャーパーティの材料である小麦も自分たちの畑でとれたものです。
ある日の夕食:トゥッパ
ある日の夕食にはトゥッパをいただきました。鍋に水を入れてわかし、塩を入れ、そこに庭で取れた野菜を入れます。そして地元でつくられたチーズ、大麦を入れて混ぜたら出来上がり。
家族はほぼベジタリアンで、肉は特別なときだけ、ヒツジやヤギを食べるそうです。
かつての古い家
家の庭には野菜が植えられています。ビニールシートを天井に貼って。寒さ対策。夏でも気温が低いからでしょう。
家の裏には、かつて暮らしていた古い家がありました。ラダックの他の場所で見る古い家と同じく、窓が小さく、天井も低い。だから熱効率がとても良いのです。
土づくりの家は、夏の暑さ、冬の寒さをほどよくやわらげてくれたことでしょう。部屋の中には、かつて使われていた冬の衣服がそのままかけてありました。羊の毛で作ったものです。
朝の散歩と農業
毎朝、朝食の前に村を散歩するのが私の日課でした。まだ外はダウンジャケットが必要なくらい冷え込んでいます。8時を過ぎると、ぐんぐんと気温が上がります。
夏でも寒いのだから、冬の寒さはいかばかりか?たくさん雪が降るんだろうなあとKさんににたずねると、意外にも多くて1mくらいとのこと。
「冬の雪が多いと、とても助かるわ。ザンスカールの暮らしは雪の量に依存しているの」と。
私などは単純に「雪が多いと大変」と思いますが、農家にとっては、雪がたくさん降れば、翌年の水の量が多くなり、助かるのです。夏の間、雨はほとんど降らないからです。
お祭りの日に、お姉さんに「いっしょにお祭りに行きましょう」と誘うと、「畑の水やりの当番だから行けない」という返事でした。
村の中では、その日その日で畑に水を引ける当番がきまっていて、今日は自分たちの家の番だそう。その日に水をひかないと、別の家に番が回ってしまい、自分たちが水を使えるのは10日後になってしまいます。その間に畑はかわいてしまうのです。
隣の家におよばれ
散歩していると、隣の家の人が私を見かけて、家に呼んでくれました。
朝ごはんの野菜炒めを作っていました。ということは、この辺の朝食としては、野菜炒めが定番なのかしら。ここでもナムキンチャイと甘いチャイをいただきます。
この家では牛や数頭のヒツジも飼っています。チャイは独特のほのかな臭みがあっておいしい。家の牛からとれたミルクで作ったのだなあとすぐわかります。
タギという厚みのあるパンをいただきました。チャーパーティも好きですが、タギの味わい深さも、また格別です。娘さんはやはり夏休み休暇中。チャンティガルの学校に行っているとのことでした。
豊かさって何?
Kさんの家のラダック式トイレ。穴がなぜか2つあり、この穴の中に入れます。
最初は穴が小さく感じて、(ちゃんとうまく命中できるかしら?)と心配でしたが、これ以上大きかったら足を踏み外して下に落ちてしまうだろうし、絶妙な大きさなのだと思います。
穴から下へ落ちたものは、畑の肥料として使われます。そしてそれを肥やしにできたものが、また体の中に入る。くるくる回る心地よいくらし。
家の中の日当たりの良い場所で、庭で採れた野菜を干していました。冬のための保存食づくりです。
Kさんが里帰りする時は、大学があるジャンムーからまずバスで一晩かけてマナリへ行き、マナリで一泊600ルピー(約千円)の宿に4人で泊まり、翌日シェアタクシーでここまで来るそうです。
彼女は、ラダックを訪れた旅人なら必ずというくらい訪れるティクセ(レーの近くのゴンパがある町)にも行ったことがないそう。「私の家族はそれほど裕福じゃないから。あなたはとてもラッキーよ。色々なところに行けて」。
色々なところに行けることが幸せなのか、家族と仲睦まじく暮らせるのが幸せなのか?私はいつもそんなことを考えます。
おそらくザンスカールの人は、世界を飛び回るような経済的余裕はあまりないでしょうし、若い娘さんが一人で海外を旅する習慣もないかもしれません。
でも年上の家族を敬う心があり、欲すればすぐ手が届くところに美味しい野菜があり、広くて大きな空がある。
どちらもどちら、それぞれの幸せがあると私は思います。