「週刊新潮」モロッコのカスバをめぐる

モロッコのカスバをめぐる(1) モロッコのカスバをめぐる(2)

(本文)

モロッコのアトラス山脈を越えた南側、ワルザザートから東のエルラシディアを結ぶ道はカスバ街道とよばれる。カスバとは住居を兼ねた要塞で、集合住宅形式のものが多く、数世帯が共同生活している。

7世紀にアラブ人がモロッコ北部を征服した際、そこに暮らしていたベルベル人は、その支配から逃れるためにアトラス山脈を越え、川沿いのオアシスなどにカスバを築いて移り住んだ。敵の侵入を防ぐため、カスバは入口が一つのみで、一階に窓がない強固な造りとなっている。国内には1000ほどのカスバがあるといわれるが、ほとんどがカスバ街道に集中している。

しかし近年人々が個の暮らしを好むようになったり、コンクリートの材料が手に入りやすくなったりしたため、カスバに暮らしていた人々は、周囲に新しい家を建てて移り住むケースが多い。日干し煉瓦や土でつくられているカスバよりも、コンクリートの家の方がメンテナンスが簡単だからである。

アイト・アルビは、街道きっての美しいカスバとして知られる。オリーブやいちじくの木が茂り、緑豊かな田畑が広がる川沿いの道をカスバに向かって歩いていると、家畜の飼料となる草をロバに摘んだ女性に声をかけられ、自宅によばれた。砂糖がたっぷり入ったお茶や手作りのクッキー、なつめやしなどをごちそうになりながら話をする。

彼女の家族は、十年ほど前にカスバから新しい家に移り住んだ。数家族が集まってカスバに暮らしていた頃は、よく互いの家を訪ねあい、一緒に食事をしたそうだ。一つの門から、昼間は住人だけでなく、行商人や説話師、家畜売買人など様々な人が出入りしていた。毎日日暮れとともに門は堅く閉ざされたという。

彼女の家を後にした私は、カスバに入ってみた。厚い土壁で造られたカスバは、外の暑さが嘘のように涼しかった。薄暗い廊下を歩いていると、賑やかだった当時の人々の声、人の往来の物音がふと耳元に聞こえる気がした。」

「週刊新潮」(2011年1月20日号)グラビア)

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