(「週刊朝日」2006年7月28日号)
(本文)
遊牧民女性のサイーダ(58歳)は、エジプトの東方砂漠でラクダ7頭を連れて、ひとりで暮らしている。
97年以来雨が降らず、遊牧が困難になったため、彼女の属するホシュマン族のほとんどは、砂漠の中の定住地で観光客相手の仕事をして暮らすようになった。今でも遊牧生活を続けているのは、彼女をふくめて数家族にすぎない。
サイーダの家族は皆、町や定住地に暮らしているが、彼女は大好きな砂漠の暮らしに固執する。「町には人や車がいっぱいで、自由に歩き回ることもできない。飛んでいる鳥を眺めることもできない」
燃料は枯木や家畜の糞。水は泉に行って汲み、夜は月明かりでパンを焼く。毎日の食事はパンとトマトなど少しの野菜だけ。しかし「町の人間のように食べたいだけ食べて家の中でテレビばかり見ていると、ブクブク太って足腰が弱ってしまう。私はいつも少ししか食べないから健康そのものさ」と自分の生き方に誇りを持っている。
ラジオは持っているが壊れていて、世の中のニュースは滅多に入ってこないが、戦争や人が殺された話ばかりだから、聞く必要はないと言う。砂漠にはサソリや毒ヘビも多く、噛まれたら死に至ることもある。それでも「私にはアッラー(神)がついているから大丈夫」と動じない。冬の夜は0℃近くなったりと生きることの苦労は耐えないが、いつも鼻歌を絶やさず、行く先々の砂漠にはいつも陽気な歌声が響き渡っている。