「まほら」(2012年1月号)
(本文)
ラオス南部を流れるセーコーン川をスピードボートでさかのぼること2時間。川沿いにH村という小さな村がある。ここにカリアン族の人たち32家族ほどが暮らしている。
人びとは森と川の恵みを受け、ほぼ自給自足の暮らしを営んでいる。川の水を飲料水にし、魚を捕って食べ、洗濯や水浴びも川で行う。川を挟んで対岸にある山の斜面を利用した畑で野菜や米を作っている。森で捕った鳥や動物も食料となる。
村には、かつて日本の農村にあったような結(ゆい)の制度が残っている。家は村民が共同で建てる。ほぼ1週間くらいで建つという。屋根は昔から藁葺だったが、近年ではトタン屋根に代わられつつある。トタンの方が簡単にでき、モダンだからだという。
村では一年に一回水牛を屠り、山の神に供える。怠れば神が怒り、村の中で病人や死者が出たりするうだ。かつて女性は、すべて森の中で出産していた。産気づくと、水や食料を用意して森へ出かけ、出産をはさんで3日間山にこもる。その間夫や家族が交代で見守る。食料がなくなると夫が届けにくる。村では、家の中での出産ではうまくいかないと信じられていた。また家を建ててから3年間は、家で出産してはいけないとの言い伝えがある。それを破ると、生け贄として水牛を与えなければならないという。今では森の中で産む人はかなり減っているそうだ。
近隣に設けられる予定のダムのため、村は立ち退きしなければならないことが決まっている。移転先の村には近くに小さな川があるが、森はない。これまで続けてきた焼き畑は禁止されるそうだ。景観を守るいう理由からだという。
自然の神を敬い、自然に抱かれ、その恩恵を享受して暮らして来た素朴な文化が、今消えようとしている。